特別論2016/11/01 20:15

急に寒くなって、死ぬかと思った。


死ぬと言えば、
良く、特別な存在という話を聞く。

例えば、人間のみ同種を殺害する特別な存在とか
高度なコミュニケーションを持っている特別な存在とか

生物全体を見ていると、人間は然程特別だとは思わない。
確かに、高度に組織化した生体機能を持っているとは思う。
だからこそ、生命機能は貧弱で、産まれてから独り立ちするのに多くの時間が必要なのであろう。

遺伝子という立場に立ってみると然程特別ではない。
同種同士で殺し合うと言うことが特別だと言うが、金魚は死にかけた金魚を攻撃して食べてしまうし、カマキリはメスがオスを食べてしまう。
これには、生物的な理由や道徳的な理由を唱える人がいるかと思うが、
遺伝子的に考えると、遺伝子を残すためには当然の行いなのかもしれない。

人が殺し合うのも、自分の遺伝子を出来るだけ有利に残すためには、阻害物を排除しなければならない。それがたまたま人間であっただけで、病原菌や害虫を駆除するのとなんら変わらない。

果たして、子供を殺されて復習する人が何人いるのか、皆目見当もつかないが。遺伝子を中心に考えれば、自分の遺伝子を絶やされて、怒りを感じないわけもなく、その様な分子は排除しなければならない。

では、ふと思うのは、ハンディキャップの人への博愛心や同性愛者たちは、遺伝子を考えると不思議になる。
しかしながら、その様な活動に傾向する人は、得てして社会的に地位を持っていたり、先進国の人が多い。
つまり、社会がそれ以上の遺伝子の繁栄を望んでいないので、人口増加(遺伝子の多様化)を望んでいないのかもしれない。

そんなことを考えると、宇宙で必死になって、未来にわたって遺伝子を残そうとする生命活動がかわいくなり、社会の細かいことを毎日イライラしているちっぽけな自分が嫌になる

とは言え、電車の中で増加する、マナーの悪い人々には、今日も一万回くらい腹が立った。